【課題の分離】
「課題の分離」という考え方をご存知ですか?
1911年にオーストリアの医師アルフレッド・アドラーが提唱したアドラー心理学の中の考え方です。
「嫌われる勇気」という本で紹介されています。
とても勉強になり私は今でも何度も繰り返し読んでいます。

この「課題の分離」とは
〈ある問題が起こった時、自分と相手の課題を分け、他者の課題には一切介入しない〉
という考え方です。
日常生活でのストレスの90%は人間関係で起こります。
対人関係におけるトラブルは
◆他者の課題に介入する
あるいは
◆自分の課題に踏み込まれる、ことで起こります。
本の中で具体例が挙げられています。
例)「子どもが勉強をしない」という問題がある場合。
まず、これは誰の課題なのか、という視点で考えます。
これを考えるときに、【最終的にその結果によって引き起こされる責任を負うのは誰か】と考えます。
子どもが「勉強をしない」という選択をした場合
➨先生に叱られる
➨授業についていけなくなる
➨希望の学校に進学できない
などの結果が想定されます。
最終的にその結果を引き受けるのは子どもです。
つまりこれは「子どもの課題」ということになります。
その子どもの課題に対して親が子どもに「勉強をしなさい」というのは、子どもの課題に土足で踏み込み介入しようとする行為です。
これでは子どもは反発し、摩擦を生み、トラブルに発展します。
勉強することは「子どもの課題」だが、「子どもに勉強をさせること」は親の課題ではないか、といった反論がされることがあります。
世の親は「あなたのためを思って」という言葉を使います。
「子どもに勉強をさせること」は子どものためではなく、親の世間体や支配欲、であり、子どもはそれを察知するから抵抗するのだ、と著者は言います。
「勉強をする」のは間違いなく子どもの課題であり、親の課題ではありません。
しかし、だからと言って、親が何もしない、子どもが何をしているのかを知ろうともしない、放任主義とは違います。
子どもが何をしているのかを知ったうえで、「勉強するのはあなたの課題だ」と伝え、勉強したいと思ったときにはいつでも援助する用意があることを伝えておく。
こういったスタンスが必要なのだと著者は言います。
本の中である国のことわざが紹介されています。
「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」
つまり水を飲ませる環境を用意することはできるが、そこで水を飲むかどうかは馬次第だ、ということですね。
私たちの日常生活でもこの「課題の分離」の考え方は非常に役に立ちます。
家庭内や職場関係、友人関係、恋人関係。
この考えを基礎におけばあらゆる対人関係の悩みは激変します。
私も周りから自分がどう思われているか、どう評価されているのかを気にし過ぎていた時期があります。
「課題の分離」の考え方を使えば、他人が自分をどう思うかは他人の課題であり、自分の課題ではないということになります。
自分は自分が思う善に従い、するべきことをするだけです。
「嫌われる勇気」の本には、対人関係に生かせるたくさんの考え方が詰まっています。
本屋さんに必ず置いています。
是非一読されることをおすすめします。




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